【第50回北海道瀬棚聖書集会】

死と永遠の生命についての講話 野中 麗(北海道)

今年は瀬棚聖書集会50年目となりました。神様のお導きと皆さんのお祈りと支えによって継続する事が出来、感謝です。証では生出真知子さん、西川求さん、野中信成より集会の発足経緯と集会での出来事を語っていただきました。
日本基督教団、独立伝道会との協賛で宗派を超えての集会の交流、徳島集会の方々との距離を超えての交流、長きに
渡って講話を引き受けてくださっている講師の先生。どれをとっても神様のお恵みによって、祈りによって守られていることを覚えます。感謝です。

この度は「死と永遠の生命」と題しまして集会が行われました。
2日目は今金日本基督教団に新しく就任されました金先生をお迎えして聖書の言葉を紐解いていただきました。
いつも思うことは先生方々によって聖書に書かれている言葉が生きた言葉となり心に深く突き刺さってくるという驚きを体験させられる事です。

この世の中はすぐに現実の世界に引き戻され戦いを余儀無くされます。神様の教えと世の中をうまく渡っていくための
人間的な思いとの戦いです。いつも人間的な思いに引き寄せられ疲弊していく私を思いがけない言葉で引き戻してくださいます。

死とは私たちにとって暗く悲しいものである事が通念ですが、私たちの知っている神様は肉体的な死が終わりをさすのではなく、イエスキリストを信じる事で永遠の生命を得るということです。この事を信じるか?信じないか?といつも
イエス様に問われているという事を学びました。

私は道であり 真理であり 生命である 私を通らなければ、誰も神の元に行くことはできない。(ヨハネ14:6)
何度も聞いたことのある聖句ですが今再び心に響いてきます。こんなにも長きに渡って聖書を読んでいるはずなのに、
すぐに忘れ、信仰を変え、罪に陥る。こんな事を何度も繰り返すうちに自己嫌悪になりさらに離れようとする私に思いもかけない聖霊の風が吹き生命の言葉で立ち返らせてくださる。何度でも、何回でも、悔い改めて私のところに来なさいと語り続けてくださっていることにとてつもない愛を感じ、このような自分でも生かされている感謝を覚えます。

3日目は吉村先生による特別講話で今ただ中にあるロシアとウクライナ、ハマスとイスラエルの戦争についてキリスト者がどのように向かえば良いかを語っていただきました。どのような宗派においても聖書から離れれば真理から離れてしまうということを学びました。先の戦争においても聖書から離れれば指導者でも間違ってしまうことは歴史的にも起きていることであることを知りました。旧約聖書に書かれる神がわからなくても新約聖書に書かれるイエスに繋がらなければ
理解する事ができないということを学びました。私たちが今思い起こさなければならないことは「互いに愛し合いなさい」という聖句とローマの信徒への手紙12章9節からの「キリスト教的生活の規範にあるようにたゆまず祈り、互いに
思いを一つにし、全ての人と平和に暮らし、敵のため祈り愛せ」という聖書に書かれているみ言葉を思い出し
日々イエス様につながって今起きている戦争に心を向けるということを学びました。

瀬棚では月に1度家庭集会を開いています。それぞれ忙しく参加できない時もありますが皆と共に聖句を学べる時間は
心が離れていて気が乗らなくてもなんとかつながっていることでまた神様の元に引き寄せられている自分がいます。
信仰という言葉は難しい言葉のように思えますが信仰とは愛でイエスキリストの愛を信じるということだと学びました。愛されている。何度でも悔い改めを待ってくださっている。そのことを信じて繋がっていたいと思います。
コロナ禍で瀬棚に足を運んでくださる機会がなくなりましたが、オンラインにより多くの方々と交流を持てることに感謝します。時代が変わり、形も変わっていきますがこの集会がより長く続きますように皆様のお祈りと支えをお願したいと思います。ありがとうございました。

今年は瀬棚聖書集会50年目となりました。神様のお導きと皆さんのお祈りと支えによって継続する事が出来、感謝です。証では生出真知子さん、西川求さん、野中信成より集会の発足経緯と集会での出来事を語っていただきました。
日本基督教団、独立伝道会との協賛で宗派を超えての集会の交流、徳島集会の方々との距離を超えての交流、長きに渡って講話を引き受けてくださっている講師の先生。どれをとっても神様のお恵みによって、祈りによって守られていることを覚えます。感謝です。

この度は「死と永遠の生命」と題しまして集会が行われました。
2日目は今金日本基督教団に新しく就任されました金先生をお迎えして聖書の言葉を紐解いていただきました。
いつも思うことは先生方々によって聖書に書かれている言葉が生きた言葉となり心に深く突き刺さってくるという驚きを体験させられる事です。

この世の中はすぐに現実の世界に引き戻され戦いを余儀無くされます。神様の教えと世の中をうまく渡っていくための人間的な思いとの戦いです。いつも人間的な思いに引き寄せられ疲弊していく私を思いがけない言葉で引き戻してくださいます。

死とは私たちにとって暗く悲しいものである事が通念ですが、私たちの知っている神様は肉体的な死が終わりをさすのではなく、イエスキリストを信じる事で永遠の生命を得るということです。この事を信じるか?信じないか?といつもイエス様に問われているという事を学びました。

私は道であり 真理であり 生命である 私を通らなければ、誰も神の元に行くことはできない。(ヨハネ14:6)
何度も聞いたことのある聖句ですが今再び心に響いてきます。こんなにも長きに渡って聖書を読んでいるはずなのに、すぐに忘れ、信仰を変え、罪に陥る。こんな事を何度も繰り返すうちに自己嫌悪になりさらに離れようとする私に思いもかけない聖霊の風が吹き生命の言葉で立ち返らせてくださる。何度でも、何回でも、悔い改めて私のところに来なさいと語り続けてくださっていることにとてつもない愛を感じ、このような自分でも生かされている感謝を覚えます。

3日目は吉村先生による特別講話で今ただ中にあるロシアとウクライナ、ハマスとイスラエルの戦争についてキリスト者がどのように向かえば良いかを語っていただきました。どのような宗派においても聖書から離れれば真理から離れてしまうということを学びました。先の戦争においても聖書から離れれば指導者でも間違ってしまうことは歴史的にも起きていることであることを知りました。旧約聖書に書かれる神がわからなくても新約聖書に書かれるイエスに繋がらなければ理解する事ができないということを学びました。私たちが今思い起こさなければならないことは「互いに愛し合いなさい」という聖句とローマの信徒への手紙12章9節からの「キリスト教的生活の規範にあるようにたゆまず祈り、互いに思いを一つにし、全ての人と平和に暮らし、敵のため祈り愛せ」という聖書に書かれているみ言葉を思い出し日々イエス様につながって今起きている戦争に心を向けるということを学びました。

瀬棚では月に1度家庭集会を開いています。それぞれ忙しく参加できない時もありますが皆と共に聖句を学べる時間は心が離れていて気が乗らなくてもなんとかつながっていることでまた神様の元に引き寄せられている自分がいます。
信仰という言葉は難しい言葉のように思えますが信仰とは愛でイエスキリストの愛を信じるということだと学びました。愛されている。何度でも悔い改めを待ってくださっている。そのことを信じて繋がっていたいと思います。
コロナ禍で瀬棚に足を運んでくださる機会がなくなりましたが、オンラインにより多くの方々と交流を持てることに感謝します。時代が変わり、形も変わっていきますがこの集会がより長く続きますように皆様のお祈りと支えをお願したいと思います。ありがとうございました。

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